テスト期間最終日。
やっと勉強漬けから解放される記念すべき日なのに
ユリは早々に帰ってしまった。
塾がいつもより早く始まるという理由らしいが
相変わらず真面目すぎて
そういうところが自分と合わないと
マリはつまらなそうにしていた。
テストが終わった祝杯に何をして遊ぼうか。
そう考えながら
帰りのホームルームと清掃が終わり
マリは教室へと向かった。
教室の中から
キミとヨッシーと慎太郎が会話している声が聞こえてくる。
今日はどうしようか、と
声を掛けようとした時だった。
「マリってさぁ
自覚していないけど
あの子はあの子で
感じ悪いよね」
そう言うのはキミだった。
…え?
「だよね!
自分は誰とでも仲が良いとか
仲良く出来る自分は良い子とか
本気で思っているのがおめでたいよね。
そんな訳ないじゃん。
俺たち以外のやつら
多分みんなマリのこと嫌いだよね」
そう言って
慎太郎は鼻で笑っている。
…慎太郎まで、なんでそんなこと言うの?
ヨッシーは?
もちろん、反論してくれるよね?
「俺もそう思う。
あいつ
俺たち以外の奴らにも優しく仲良く出来ていると自慢しているけど
ぶっちゃけ違うよね。
いじめまではしていないけど
他の生徒に対する態度が俺たちに対する態度と大分違うよ。
普段仲の良くない奴に対して
あからさまないじめまではしなくても
無視したりハブにしたり陰口言ったりして
見ていてマジで感じ悪い」
…ヨッシーもそんなこと言うなんて。
私が、感じ悪いって…。
今まで自分は
誰とでも仲が良いし
それが出来る自分は素晴らしいと感じていた。
しかし
そう思われていないと言われたことがショックだった。
そして
彼らの話していることが全て事実で
何の誤解も無いことが
今までの自己評価が全て自分の思い上がりであったということを自明していた。
マリは
こうして彼らが自分のことを話していることを聞いて
初めて自分の今までの言動を振り返ってみた。
明らかないじめはしていないから
自分はセーフだろうと考えていた。
しかし
セーフではないようなことを
自分はしてきたらしい。
何がそう捉えられていたのか
いまいちよく分からなかったが
自分はそこまで良い子ではなく
むしろ嫌な奴であったということが何よりもショックだった。
「ホント
マリは無自覚のいじめっ子だよね」
ショックに追い打ちを掛けるように
キミのその一言が加わる。
…私、いじめっ子だったの?
「だよね。
一緒にいて楽しいけど
本当の友達じゃないよなぁ」
ヨッシーのその言葉で
マリのぐるぐるとした思考が止まった。
呆然と立ち尽くすしかなかった。
みんな
友達じゃない。
今まで仲良くしていた
キミやヨッシー、慎太郎も
友達じゃない。
友達と思っていたのは
私だけ?
じゃあ
私には友達はいないってこと?
私の本当の友達って
…誰?
「そうだね。
私にとっても
マリは友達じゃないよ。
多分
マリの本当の友達は
どこにもいないと思う」
そこに突然
彼らとは別の人物の声が割って入ってきた。
この声は…
「大谷さん?
あれ?
塾に行ったんじゃなかったの?」
「帰ろうと思ったんだけど
あんた達のバカみたいな会話が聞こえてきて
つい聞き入っちゃったのよ。
ホント
聞いていて呆れるわ。
だって
何も反論できないよ。
全て本当だもの。
でもね
私はあんた達の仲間に入って
マリの悪口を言う気にはならない。
だって
あんた達もそうやってマリと同じように陰で悪口を言っている。
なら、マリと同じでしょう?
マリのことを悪く言う権利はあんた達にもないよ」
ユリは弁護してくれているのだろうか?
本人はおそらくそのつもりはないのだろう。
ユリはただ
自分の気持ちを率直に述べているだけだ。
ユリはいつも
自分に正直だ。
だからこそマリは
ユリの言う言葉の一つ一つに
力強さを感じた。
「優等生だからって調子に乗るなよ!
お前だってマリのことを良く思っていないだろう!」
慎太郎の怒声が響く。
「そうだよ。
でもね
友達以前に私達は幼なじみなの。
腐れ縁って言うのかな?
だから
こうしてあの子のことを悪く言われたら気分が悪いし
放っておけない。
だから私は
あんた達を許さない」
ユリの揺らぎのない言葉に
思わずマリの体が動いた。
気がつけば
教室に入っていた。
自分の姿を見て
キミ達は「しまった」というような顔をしている。
「マリ!?
ごめん、今の聞いてたの?
誤解よ。
全部嘘だから」
キミが取り繕うように
何かを言い訳しようとしている。
マリは
ヨッシーや慎太郎の顔を見るが
彼らは目を逸らしてこちらの顔を見ようとしない。
「…みんな、もう良い。
みんなの気持ちはよく分かったから。
ごめん」
マリは小声でぽつりと呟いた。
キミ達は
何か言い言い返されると思って身構えていたが
思いの外ショックを受けていると見て
さらに気まずさを増した。
マリはユリの顔を見た。
ユリは表情一つ変えず黙って自分を見ている。
「…ユリ、ありがとう。
私を庇ってくれて」
マリは
荷物を持って
1人教室を出た。
1人で帰る帰り道は初めてだった。
気付けば
涙が頬を濡らしていた。
嗚咽を漏らしながら
誰もいない道を歩く。
川の土手に差しかかったところで
誰かが走ってくる音が聞こえた。
どんどん自分に近づいてきて
肩に手が触れる。
「あんたは昔からそうね。
みんなとは表面的には仲良く出来るけど
実際はそこまでしかない。
だからあんたには
本当の友達が出来ないのよ」
ユリの言葉が痛い。
「…本当の友達って何?
仲良く一緒にいられるのが友達じゃないの?」
今までマリは
そうやって考えて生きてきた。
だから
それを否定されると
何も考えられなかった。
マリの率直な質問に対して
ユリはため息をつく。
「それで友達と言えたら楽すぎるでしょう?
仲良く連んでいたとしても
結局陰で言い合っていたらお互い気分が悪いし
そういう原因を作るあんたも悪い。
本当の友達ってさぁ
お互いをもっと尊重し合える誠実な関係じゃないかな?」
「ユリの言うことがよく分からないよ。
言葉が難しすぎる」
「もうちょっと勉強しなさい。
つまり、自分の気分だけで仲良くしたり無視もしない。
自分の気持ちの良さだけで付き合うんじゃなくて
もう少し相手の気持ちを考えてみたら?
こんなことされたら嫌だなとか」
要は
自分の気持ち中心で
人と付き合うなということだろうか?
相手の気持ちを考えてというのは
つまり
どういうことなのか?
自分が気持ちの良いことは
相手も同じではないのか?
よく分からないことだらけで
ユリに聞かないと分からない。
「私もあんたに
過去にされたことあるし」
「そんなこと…したっけ?」
ユリに何か
いけないことをした?
思い当たることがなくて
マリは動揺した。
「したよ。
小学4年生の頃だったかな?
さっきと同じようなシチュエーションだよ。
私がいないところで
仲の良かった子と
私の気に入らないところを話して笑っていたじゃない。
しかも
何度もそんなことがあって
私、地味に傷ついたんだから。
だから
私はあんたの友達をやめたの」
そうだったんだ。
酷いことを自分は
ユリにしていたんだ。
それをよく思い出せない自分が
何となく恥ずかしいような感じがする。
それを反省と呼ぶのだろうが
マリにとっては初めての経験だった。
「そうだったんだ。
ごめんね、ユリ」
心から人に謝罪するのも
初めてかもしれない。
「私
酷いことをユリにしていたんだね。
だとしたら
何でさっき
私を庇ったの?
酷いことをした
友達じゃない私を?」
そこが
よく分からない。
「それは…」
ユリは暫く考え込んで
「何でだろうね」と答えた。
いつも
きっぱりと物事を言って答えを出すユリであったため
その返答が意外だった。
「さっき言ったとおりだよ。
あんたが幼なじみだから。
理屈じゃないのよ。
何となくむかついて
何となく食ってかかっちゃった。
何でだろうね」
ユリはそう言って
ふふっと笑った。
幼なじみだから…?
それ以外の理由もなく
衝動的に自分を庇ってくれた。
それがどういうことなのか
マリにはよく分からない。
でも
友達以上の意味がある。
だから
こうして
今でも自分の味方でいてくれているのだろうか?
「じゃあ
私塾があるから行くね!」
そう言って
ユリは足早に去って行った。
マリは
声を掛けようとしたが
声が出なかった。
こんなにも
思考がぐるぐると駆け巡ったことがなく
気持ちの整理が追いつかない。
自分は今まで
色んな人達を傷つけてきたこと。
その度に
色んな人に嫌われて
本当の友達ができずにいたこと。
色んな事実が
自分に突きつけられて
その全てを消化吸収するのに
もう暫く時間が掛かりそうだ。
何よりも
自分がユリを
傷つけていたことが
一番悲しかった。
本当に
申し訳なく感じた。
しかし
傷つけたというのに
友達をやめたというのに
「…ユリは
それでも私の傍にいてくれたんだね」
その事実が
マリの心をとても温めてくれている。
この底知れない温かさは
何なのか?
友達が全てだと思っていた。
けれど
友達が全てではなくて
幼なじみだから
こうして傍にいてくれている。
ユリは
本当の友達ではないかもしれない。
友達ではないけれど
確かな心のつながりがあるのかもしれない。
それを
ユリが言う腐れ縁というのかはよく分からない。
よくは分からないけれど
仲良く楽しく関われるだけの関係ではない
幼なじみという存在。
ユリを大切にしたい。
そう
マリは心に決めた。
ーーーーーおわり
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最終話です。
最後までお読み下さりありがとうございます。

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